【高校受験論】~残酷な受験テーゼ~
残酷な天使のテーゼってなんであんなにみんなの心象に残りやすいんだろ。のいちパパです。
#名曲
このブログを書いているのが3月11日。日本国民にとっては東日本大震災の日。震災で亡くなられた方へ、ご冥福をお祈り申し上げます。
受験業界的には3月10日が東大と京大の合格発表日なのでその翌日。
今は大学入試の指導はしていませんが、高校に行ってからも勉強計画を含めてお付き合いを持っていた生徒が何人かいて、その子たちは
京都大学 理 / 大阪大学 基礎工学 / 神戸大学 海洋政策科学 /京都工芸繊維
同志社 / 関西学院
とほぼ第一志望に合格(関西学院の子が同志社合格してればパーフェクトだった)と科目指導もしてないくせにとかしょうもうない論はなしで嬉しいのひとことです。
上記は高校受験でみなトップレベルに進学したわけではありません。
しかし、共通することがあります。
少なくとも国公立(京都/大阪/神戸/京都工芸)に進学した生徒は等しく高校受験のときに地味なことをやりきる遂行能力が高かったということです。
例えば京都大の生徒さんはたぶん高校入試程度なら適当にやっていても合格するくらい余裕がありましたが、気を抜くことは全くありませんでした。
神戸大学の子は地域で言えば上から3つ目の高校に進学しました。上の京都大学に進学した生徒と比べると模試その他は完敗、というか本人が当時「相手になろうと思ってない。自分が行きたいのは〇〇で、その後の大学は~」発言があって個人的に大好きでした。
#変な意味ではない。
#冷静に現在地を見つけられるのは才能
大学入試で成功するには
毎日毎日地味なこと(主に暗記)を繰り返せるか
目標の大学や学部をなるだけ早く決められるか
この2要素。これが成功要因かなりの部分を占めると思っています。
1つ目は言わずもがなです。もちろんエンジンの違う理系変態さんはこの限りではありません。
そして、この能力こそ「高校受験時」に測れるものの1つなのです。
例外を挙げればキリがないですが、高校入学後、中学時代と同じく「テスト前にがーっと勉強」の子はその時点でずいぶん「しんどい」位置にいます。学力ではなく、姿勢面で。高校受験のピークの勉強量は高校進学後は毎日のルーティン程度。この事実を受け入れられるか否かがまずもって成否の分かれ目になります。
2つ目は戦略の立て方が異なるためです。合格への最短距離を模索するのに志望校は早く決まっている方が良いのです。2026年の大阪大学の経済学部なんかが典型的でほぼ共通テスト勝負です。ちなみに志望校によっては「学校はフル無視」という選択もする必要があります。
その昔、旧帝の医学部医学科に進学した教え子が(この当時は指導してました)、高校に合格の報告に行った際「わが校の誇り」みないなことを言われた(その学校から旧帝の医学部医学科は本当に〇年に一人くらいの感じ)らしいのですが、彼の答えは「この学校の授業から受験勉強に向かって学んだことはありません」だそうです。
#実際にそう発言したと本人談。
#先生は苦笑いだったらしい
そりゃあず~~~っと学校の進度、科目、全てをフル無視してひたすら医学部医学科用の勉強してたもんな~と。そういう感想にもなるか。
#欠点取りまくってた
#受験に使わない科目
閑話休題
こう思うと、粘り強く毎日毎日地味なことを繰り返せる性格を持つ子は高校入学当時は才能が開花していなくても大学入試では成功する側になると改めて感じます。
蛇足とわかりつつ書きますが、学力という点から国公立の医学部医学科(現役)でなければ中学受験になんの意味があるのだろう(=一定レベル以下の私立中学受験)、と思ってしまいます。
#設備の新しさや教育理念は別
中学受験界隈で聞く、「子どもがしたいといったから」論ですが、多くは「友だちと同じことをしたい」(本人目線)「さりげなく(無意識に)中学受験を提案していた」(親)が起因で性格的に向いてないのにぶっこんで18歳では無残になっているように思うのです。
こちらもやはり、残酷な受験のテーゼということで。
本日はここまで。お読みいただきありがとうございました。
京都大学受験生に進めてた参考書↓
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